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NDSトピックス

今月のひとこと

光太夫と津田夫

 江戸時代の漂流民として有名なのはジョン万次郎だが、これより半世紀も前にロシアに漂着し、鎖国の江戸時代に、ほぼ世界一周をするという貴重な経験をした日本人が2人いた。1人は、紀州藩の大黒屋光太夫という人で 幕末より80年前の1782年( 万次郎より60年前)に紀州から藩米を運んで江戸へ行く途中に難破した。彼はアリュウシャン列島に漂着し、その後ロシア女帝エカテリーナ2世に謁見して帰国を許され、10年後に根室に帰国した。もう1人は、伊達藩の船頭の津田夫という人で、1793年に石巻から同じく藩米を江戸に運ぶ途中で漂流した。彼はロシア皇帝アレクサンドル1世に謁見し、その後日本人初の世界一周の旅を経験して12年後に長崎に帰国した。
 先の光太夫は教養があったのか、日本に帰って江戸幕府の役人からロシアの状況を聞かれたとき明快に回答し、杉田玄白などによって「漂流御覧の記」にまとめられ、ロシアの脅威が迫っているなどの世界の情勢を江戸幕府に知らしめたそうだ。一方、津田夫は世界一周したとは言え、ほとんど記憶がおぼろげで、見聞きしたものを正確に描写する力が弱く、聞き役がまとめることも非常に困難な状況だった。

 この2人は何故、同じものを見たにも関わらず違いがでたのだろうか?

 私が思うに、津田夫は目に見えるものを表面的に眺めていたので、印象も薄く記憶も薄くなってしまったが、大黒屋光太夫は目の前の事象について本質を見抜き、背景や全体の流れとして捉えることができたので差がでたのだと思う。
 我々が現場などに行ったときも、何を見て何を考えるかは、知識・経験などによって、見方や考え方が異なることがよくある。また、社内の会議などで議事録を書かせてみると、人によって内容が異なることもある。会議の要点をよく捉えてまとめる人と、単なる速記録のように文字に起こしただけの人がいる。
 同じ時間を費やしても、得るものに大きく差がでてしまう。我々はこの違いを常に意識する必要があるのではないかと思う。

社長 今野信三

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